インタビュー集

目次】   top page

「エンカのエンは怨みのエン」 サンデー毎日 1975年11月30日号

編集長のカバー・インタビュー サンデー毎日 1977年11月26日号

桐島洋子の実感対談 「私の歌はみんな私小説、ふられてもシツコク迫っています」           週刊現代 1978年2月9日号

中島みゆきvs勝新太郎 MORE 1982年10月号

中島みゆき ロングインタビュー
 新譜ジャーナル 1984年12月号 

五番目の季節へ踏み出す人へー 新譜ジャーナル 1986年5月号

見返り美人、女歌、そして恋歌
 新譜ジャーナル 1986年11月号

村松友視の人物ライブスポット 中島みゆき 週刊朝日 1986年11月14日号

『中島みゆき』の”出産”を語る FM fan 1988年3月21日号

マリコのここまで聞いていいのかな 週刊朝日 2003年11月28日号

「エンカのエンは怨みのエン」 サンデー毎日 1975年11月30日号

幼稚園のころから、先生が教えてくださる”幼稚園ナンバー”を歌わず、自分で勝手につくった曲を口ずさんでいたから、作詞、作曲を始めたのは、そのころからっていうのは、ちょっとオーバーですね、フフフ・・・。
でも、その考えはいまでも変わってないんです。自分の歌のいい悪いは別にして、私自身の曲が一番好きという点では変わりません。中学二年のとき、初めて正式にオタマジャクシを入れて作詞、作曲を手がけ、これまでに百三十曲かしら。
とくにレパートリーにこだわってはいません。十一月十四日から三日間、武道館で行われた世界歌謡祭で歌った「時代」(ポプコン秋のグランプリ曲)は、メッセージとしての音楽、キャニオンから出した「アザミ嬢のララバイ」は怨歌(えんか)、エンカのエンは、ウラミのエンですからよろしく・・・。
私の曲は演歌でもなく、艶歌でもなく、怨歌でありたい。何というのかしら、人間の心象を歌で表現しようとすれば、どうしてもウラミの「怨」がぴったりすると思うの。とくに、カッコよく見せようとしてるわけではありません。もう一つの私のレパートリーは、口ずさめるようなメロディアスな曲。この三つをパターンにして、歌手としての”出番”を迎えました。
小さなステージでは、ちょこちょこ歌ってたから別にアガるってこともないけど、武道館のような大きなところはまた別ですわね。各国から歌手が集まってレセプションがあったとき「この人たちと歌うのか」と思うと、もうドキドキしちゃって・・・。自分のエントリー・ナンバーもうっかり忘れてしまうところでした。
いまのポップス界は、自作自演の人たちが多いですね。既成の歌がどうこうというよりそれだけバラエティーに富んだ曲が生まれるってことで、いいことじゃないかしら。そして、もっと広がりが出てくると思うんです。歌ってものはみんなのものだし、だれもが身近に持っていていいものでしょ。カケ出しのクセに、ちょっと生意気かな、フフフ・・・。
自信とか展望とか、今後の私については、断言できるものはありません。ただ、自分の信ずる道を、しかもプロのはしくれとして力いっぱいやってみようとすることだけです。
私のトシ?・・・サンです・・・。もちろん、三十三ではありませんから、よろしく。がんばります。やってみます。

【注釈】世界歌謡祭でグランプリを獲って程ないころに受けたインタビューでしょう。中島みゆきの出発点がここにあります。ただ、「アザミ嬢のララバイ」が怨歌だとは私には思えません。中島みゆきがインタビューでしばしば見せる「はぐらかし」ではないかと推測します


【目次】へ


編集長のカバー・インタビュー サンデー毎日 1977年11月26日号

黒のTシャツにジーパン、さえない顔色の女の子がチョコチョコ入って来て、身の置き所もないような風情で席に着いた。これがニューミュージックの魔女 中島みゆき、25歳。

━ヒヤで軽く一升、だそうですが、ゆうべも?
「いえ、遅いことは遅かったんですけど、ゆうべはおサケはやっていません」
━ニューミュージックって何ですか。
「さあ、なんでしょう。わたしもわかりません」
━フォーク・ソングを都会的にしたようなものですか。
「まあ、そんなもんです」
━シンガーソングライターの歌はたいてい恋の歌ですな。それも失恋の歌がほとんどだ。ほかのテーマでうたえないもんですかねエ。
「そういえばそうですねエ。でもわたしはハッピーな歌はつくれないんです。多情なんですかねエ」
━多情?
「あのう、自分が消えちゃうんじゃないか。このまんま、自分だけ置き去りにされてしまうんじゃないか。ふり向いてももらえないんじゃないか。そう感じたときが、歌わずにいられない状況なんです」
━フム、フム、フム。
「陰と陽とありますネ。わたしはどうも陰のほうで・・・」
━まあ、むかしから、失恋しているときはみんな詩人、といいますからねエ。得恋じゃ歌にならんわねエ。
「陰、ですから」

━でも、あなたの『時代』という歌は、恋の歌とちがいますナ。
「私の父は北海道で産婦人科の医師でした。弟が一人います。その父が脳いっ血で倒れまして。『時代』はそのときつくりました」

 めぐるめぐる 時代はめぐる
 別れと出合いをくり返し
 今日は倒れた旅人たちも
 生まれ変って 歩き出すよ

「その『時代』で75年のポプコン(第10回ポピュラーソングコンテスト)でグランプリをもらいました。これ、ほんとにタナボタで、賞金百五十万円。そしたら、まもなく父が亡くなりました」
━お父さんの死を予感していたわけですか。
「そんなこともないんですけど、結果的にはそうなりました」
━生まれ変わって歩き出すよ・・・か。輪廻転生だネ、こりゃ。
「そうです。記憶が消せない人っていうのがあるでしょう。たとえば、行ったはずのない場所を知っているとか。わたしもそうなんです」
━どこの話?
「サンフランシスコの近くに一本、樹が立っているところがあるんですけど、わたしは行ったことがないのに、その樹のことを知っていました」
━『時代』はとてもいい歌ですね。お父さんへの挽歌だとすると、ますますいい歌です。
「ハア、どうも」


━いつから詩や曲をつくるようになったんですか。
「詩は小学校のころから。中学3年で詩に曲をつけました。筆箱にかけた輪ゴムをはじいたり、櫛の歯をひっかいて、リズムや音を楽しみました。ピアノを8年やって、ギターは高校時代から始めました。」
━どういうときに、歌ができあがるのですか。
「いつでも。自分が卑屈になるときは、いつでもです。ごはんをたべているときも。充実感がありすぎて、おサケをのんでいるときはダメです。夜、終わりの1小節をまずつくって、それから全体をつくることもあります。気になるフレーズが浮かんだら、すぐノートに書きとめます。」
(まるで小学生の女の子が持っているような、かわいらしいノートに、薄いエンピツで、びっしり書いてある。(一拍を「~」と表記する独特の採譜法)

日本縦断演奏旅行中。もうたいていの地方都市のファンにおなじみだ。オリジナルはすでに百三十曲を突破。先週11月13日号の「うわさ裏表」欄でも紹介したとおり、研ナオコの『あばよ』、桜田淳子の『ひとり芝居』、日吉ミミの『うそつきが好きよ』をつくったのをはじめ、都はるみ、加藤登紀子ら大もの歌手からの作詞作曲依頼殺到。

「いまは、こうするほかはないから、こうして生きています。追っかけるのか、追っかけられるのか、いつもせっぱつまった生き方しかできない・・・わたし、少しマゾなんですね」

━特に興味のある詩人は?
「与謝野晶子。自分自身を見る目に惹かれます。」
━与謝野晶子の教え子だった人に聞いたんだけど、あの人は十何人も子供を産んで、訪ねると、いつも大きなお腹で玄関へ出てきたそうです。あれだけの大歌人で、しかも子供をそんなにたくさんつくったところがすごいなあ。あなたもどうですか。相手がいないことはないでしょう。
「それがダメですねエ。好きになってくださる方があったら、こちらも好きになるんですけど、それがタダのご親切だったりして」

中島みゆき著『魔女の辞典』というヘンテコなパンフがあって、その最後の項が「取材記者」。
取材記者  ★容姿端麗、臨機応変、随所熟睡、食欲旺盛、★眼色柔和、★謙虚博識、裏芸必需、電話酷使、朝令暮改、付和雷同、読心術免許皆伝、★記憶力頑健、時間厳守、脚力抜群、★貞操堅固、深酒応需、年中無休、御苦労様。
★印のほかは、おおむね思いあたります。

【目次】へ


桐島洋子の実感対談 「私の歌はみんな私小説、ふられてもシツコク迫っています」 
週刊現代 1978年2月9日号
(注:桐島洋子 1937年7月6日生まれ エッセイスト・ノンフィクション作家)
 

━リード━
 
この人の歌は、深夜、一人で聴くのが似つかわしい。男と女の熱い心の高まりが、やがて行き違いを生み、別れの道をたどる・・・。けだるく、もの憂げな表情からくり出されるその言葉には、人生の修羅場を二つも三つも乗り越えてきたかのようなしたたかさと、達観ぶりが共存して、熱狂する若い男性ファンをさらにしびれさせてもいるらしい。今回は”みゆきソング”が生み出されるまでの男性探検から舞台上でのときめきまでを自作自演・・・。

▼寂しい話ですが、私の恋はいつも悲しい結末に終わる
ころは東京・高輪の高台にあるホテルの中華レストラン。今日は、ニューミュージックの旗手、中島みゆきさんが相手とあって、「私、歌謡音曲に弱いから、うまくお相手出来るかナ」と、少々思案顔の桐島さん。ところへ、黒のTシャツに花柄刺繍を散りばめたジーパン姿のみゆきさんがやって来た。

桐島 私、つくづく思うんだけど、現在(いま)は歌謡音曲の時代なのねェ。
中島 
そうでしょうか。
桐島 
考えてみたら、あなたのような吟遊詩人がものかきのかわりを果たしているのね。
中島 
いやァ。(小さい顔を左右に振ってテレる)
桐島 
だって小説家が何百枚も費やして語るのを歌でほんの数分のうちに語っちゃうでしょ。ものかきは手間暇かけて、しかも読ませなくっちゃいけないのに、そっちは聴かせりゃいいんだから強いわ。
中島 
やア、でもやっぱり、曲も多く出回ってますし、耳も肥えてるので、これで大変なんですねェ。
桐島 
あなたのは失恋がテーマの曲が多いようだけど、歌は私小説なわけ?
中島 
うん、そうじゃアないかなと思います。
桐島 
失恋の多いヒト?
中島 
実りませんねェ。寂しい話ですが、ウッフフ。なんかいきなり(失恋体験の話に)煮詰まっちゃったみたいだな。
桐島 
でも私小説となると興味あるのよ。あなたわりと恋を深追いしないで、サラリと諦めちゃう方ですか。
中島 
いやア、実際の状況として、サラリと諦めざるを得ないというか、もう最初の段階から空振りということなのですよ。私は、ストレートのつもりでいるのに相手はストレートではないのですよ。だから当たるわけがない。
桐島 
初失恋はいつ・・・。あ、初恋か。ごめんなさいね。
中島 
もう、体裁のつけようがないねェ。中学でしょうかね。そもそも最初がまずかったんです。最初でコケるとあとみんなコケるものでありましてェ・・・。
桐島 
以来失恋のしっぱなし・・・。でも、今年の四月頃から歌の中身が変わって来た。前は観念的、抽象的であったのが、近頃は非常に具体的になって来たので、これは何か実生活に生々しい変化があったのではないかと勘ぐる向きがあるんだけど。
中島 
いや、レコードで聴かれると十ヶ月前といまでは違うように受け取られますが、私の方はそんなつもりはないんです。
桐島 
最近、恋はしてますか。
中島 
ええ、ズッコケながらもしつこくやりますねェ。なかなかうまくいかないですが。
桐島 
どうしてうまくいかないのかな。サービスする方でしょう、男性に。
中島 
カッコ悪いサービスなのです。例えばの話が、コーヒーが出たとします。一生懸命いいカッコして私が、サッと砂糖を入れるわけですね。でもそういうときに限って相手の人はブラックが飲みたかったりして。
桐島 
そのとき砂糖入りを飲むのが優しい男だけどなア。
中島 
それもあるし。私もかなり魅力的な女だと・・・。フフフ思うけど、しかしそれよりもっと魅力的な女がいるのだねェ。
桐島 
同感。でもそこで負けじ魂起こさないの?
中島 
頑張りますが、負けじ魂だけでは如何ともしがたくて。
桐島 
しつこくて、諦めの悪い女が最後の勝利を占めるものよ。
中島 
ハイ。ふんだくるつもりでやれとはいわれますが、どうみても向こうが勝っていると思うと・・・。
桐島 
どうしてもクールになっちゃう。

 
*  *
自分の歌は、実体験という中島さん。少しテレながら、だが恬淡と語るところは、覚めてる女という評判どおりだ


▼お酒を飲むと男の人を脱がせたくなっちゃうのよ

桐島 あなたお酒を飲むと、脱がせ魔になるってホント?
中島 
飲むと熱くなるでしょ。だから、熱いのに汗かいて、カッコつけなくてもいいじゃないか、脱ぎなさいよォってとっちゃう。
桐島 
どこまで脱ぎなさい?
中島 
最後の一枚まで。
桐島
 パンツも? 
中島 
ハイ。
桐島 
ついでにあなたも?
中島 
あたしは、汗かかない性(たち)で・・・。それに女が脱ぐと囲りが一瞬たじろぎますもんね。
桐島 
女が脱ぐ方がいいわよ。男が脱いでも目の毒にならないもの。
中島 
ヤアそうでありますか。
桐島 
脱がした男は北大の連中ですか。学生時代は北大の寮によく潜ったってうかがってるけど。
中島 
私の学校が人数が少なくて、それなら北大へ行った方が頭数が揃うというんでね。
桐島 
何のクラブ?
中島 
フォーク研究会です。
桐島 
そこへ潜り込んで朝までいたの?
中島 
ええ。
桐島 
すると、激しいこと想像しますがねェ。
中島 
ええ、それでいいんです。トウモロコシとかキャベツ掻っ攫いに行きました。それをオンボロ寮に持って帰って食べて・・・。
桐島 
私も高校時代、隣が東大だったから(東大教養部=駒場)よく潜り込んで、合唱研究会などに入ってロシア民謡など唄っていましたが。むしろ東大生よりデッカイ面して。
中島 
ヘエ、アハハハ。 
桐島 
読書会の委員長やって、エレンブルグの「雪どけ」を見ましょうとかいったり、あるときは山村工作隊に加わって、浅間山麓へストライキのやり方を教えに行ったりしてね。むこうでは「テンプラ学生でないからよかんべ」って一つの蒲団に男の人と寝かされたりしましたよ。で、こっちも着のみ着のままで、コッチコチになって一緒に一枚の蒲団にくるまって。
中島 
何事もなく。
桐島 
ええ、何事もなく。
中島 
信じられない。アハハ。
桐島 
あなたの頃は、政治活動はどうだったの。
中島 
内ゲバの方が多かったみたいですね。
桐島 
その闘士の中に魅力的男性はいませんでしたか。すごく男を感じるじゃない。そういう男(ひと)って。
中島 
どうなんでしょうね。
桐島 
私なんか、学校いつもサボったけど、家庭科だけは出てね。料理作っちゃ弁当箱へ詰めて隣(東大)へ行って二人で食べたけどな。
中島 
羨ましい。
桐島 
恋人といるときはどんなことしてるの・・・。
中島 
なにかしらア・・・。(宙を見て)お昼寝してたかなア。お昼寝しててお互いに隣で邪魔にならないっていうのはいいですネ。
桐島 
それ同感。北海道なんか一番いい風景でしょう。草の上で男の手枕でなんてね。
中島 
山の中へ行くとまるで人が来ませんからねェ。
桐島 
それなのに恋が実らなかったのかなア。あなたは大体ムキにならない女(ひと)ね。あ、この男逃げるなって見通しちゃうんでしょ。
中島 
うん。
桐島 
偉いもんだワ、私なんて四十になってやっとそれがわかって来たのに。若い頃なら、私なんか逃げられるまでわかんないもんね。
中島 
アハハハ。ご謙遜でしょうねえ。
桐島 
でも恵まれてるわね。そうやって楽しんでいたのがいつの間にか商売になるなんて。
中島 
相変わらず、あまり仕事してるって気がしませんね。これでお金もらっていいのかな。
桐島 
大分入りましたでしょ。
中島 
年齢からみればそうでしょうけど、来年入るかっていうとそうとは限らないから。

桐島 
覚めているのね。

▼独り寝して一番体に楽なスポットを探すのがスキ

桐島 でもお医者さんのお嬢さんが歌手なんてね。これまでのパターンだと、一家春風を痩せた双肩に背負って、眼尻けっして歌い継ぐっていうのだけど。
中島 いや、医者にもピンからキリまでありまして、他人はまさかとおっしゃいますが、うちの場合はあキリでした。太るところは雪ダルマになるけれど、ない方も雪ダルマがとけるようになるんですね。父が亡くなって、貯金は十万円足らずでしたよ。
桐島 何科でした?
中島 産婦人科でしたが。
桐島 あら、一番儲かる科なのにねえ。
中島 頑固で融通きかなかったんですねぇ。私と同じで愛想も悪くて。
桐島 ガツガツしないで、恋もすぐに諦めて、じゃ実らないはずだわ。
中島 こりゃあ、体裁のつけようないな。
桐島 小さいときは何になりたかったの。
中島 スチュワーデスですね。ところが容姿端麗の項がありまして、逃げ出しまして。次はアナウンサーになりたくて放研に入りましたが、よく言うと個性的なようだから声優におなりになったらといわれて、しらけちゃって、次に学校の先生になろうかと教育実習やったら不可となりまして、これもダメ。(国語の実習に行ってギターの弾き語りをしたらしい)
桐島 なんで不可を。
中島 授業をおっ放り出して子供たちとギタギタ遊んでいたのが悪かったんですねぇ。それで、やんわりと「何かほかにお好きなことがおありのようで・・・」といわれて。
桐島 で歌手に?
中島 はい。
桐島 あなたいま一番興味あるのは何ですか?
中島 蒲団に入って、横になりますねェ。枕を頭につけ、掛け蒲団をかけますねぇ、なんとなく居心地悪く、ごそごそやってるうちに居心地のいいスイート・スポットを探します。
桐島 でも独りじゃつまんないじゃない。相手がいてさ、それで、どこが一番しっくり来るかってスイート・スポットの方がいいと思うけどなア。
中島 そんなもんでしょうか。
桐島 そうよ。アハハ。苦手なものに”ポルの映画の看板”って何かに書いてあったわね、あれはどういうの。
中島 つい、そこでニッコリよだれを垂らすのが・・・。嫌いじゃない、好きだから苦手なんです。
桐島 つい劣情をそそられて見てしまうとか。
中島 はい。つい見てしまい・・・。

 *  *
際どいところで、サッと体をかわして宙を見つめ、頬に手を当て、首を傾げて間を取るなどなかなか話上手だ。


今でも舞台ではひっくり返るほどアガっちゃうんです

桐島 あなたの歌は、何か世の中に対するメッセージですか?
中島 確たるものではないです。まだ極まっている訳じゃないから、歌って、聴き手があって伝わって、それから歌い手に返ってくるものだと、思うんです。だから私はまだその聴き手の引っ張りを待っているという段階ですね。
桐島 舞台に立って、見つめる何百数千の眼が私を片想いしてくれると思いません?
中島 いや、みなさん本命がいたりして、寂しい話・・・。
桐島 でも、意識しませんか。
中島 私、コンサートがものすごく嫌なんですね。なにも人前で恥晒さなくてもと思って、だから開演五分前までは、いやでいやで仕様がないんです。でも一ベル(五分前)が鳴ると、これで出ないで帰ったら、なおさら行き場がないでしょ。「なんだあのヤロー、すっぽかしやがって」となる。で、仕方ないから出るんです。でも「アガリの中島」といわれるくらいですから、本当は何をやっているんだかわかんないんです。
桐島 やっぱりアガりますか?
中島 もう、ひっくり返ってアガります。だから会場が盛り上がってるんだか、盛り下がってるんだか、コンサート終わったあとまでわかんないです。
桐島 テレビには出ないのね。
中島 別に好きじゃないだけです。テレビでスターにならなくたっていいと思うから・・・。そりゃ出ればオイシイ夢もあるでしょうけど不器用で、二タ筋道追ったらコケるから。
桐島 マイペースなのね。
中島 エヘヘ。そうですね、といいたいんです。でも私の歌に賛否両論あって、きらいといわれるとやっぱり寂しいですね。万人に好かれるというのは難しいでしょうけど、百人が百人全部に好かれたいって思う部分もあって・・・。
桐島 あらいいじゃない。どこまでも覚めてると思ったけど、本音はそうでもないって。
中島 いけないこといったかなァ。
桐島 いいわよ、可愛いワ。
                                           ■構成/渡辺利弥

<洋子の『ああ実感』>
「一見どこかけだる気で、さてはやはり失恋にまみれた憂愁の人なのか、と思わせるのが話し始めると、アッケラカンとするほどノンシャランな明るいお嬢さん。ムキになって思いつめたり、しゃかりきに頑張ったりするのは旧世代。去るものを追うほどホレることもなし、というのが今時の若者の生き方らしい」


【目次】へ


中島みゆきvs勝新太郎 MORE 1982年10月号

ーリードー
彼女に彼が、慈父のような目を向けた。
いまや不動の人気のシンガー・ソングライター
中島みゆきに、個性的なシンガーとしても
その非凡な天性を発揮している勝新太郎。
ふたりは、実はモアのこの対談が初対面。
異才同士が触れあって、、語りかける


勝   結婚はしてないんでしょ?
中島 はい。

勝   1回もしてないの?
中島 はあ。どうしたことか、ご縁がありませんで。
勝   してみたいとも思わないわけ?
中島 あんまり熱望はしてないですね。
勝   あんまり必要としないわけだ、男の人を。
中島 いやあー、いるのも悪くないかなという程度で。
勝   想像の中でたくさんいるんだろう。想像の中では何人もたくさん、いろんなタイプの男の人がいるわけだ。
中島 はあ。私、かなり惚れっぽいんです。
勝   オレもよく想像で、親父を殺したり、玉緒(妻)を殺したり、娘たちを殺したりして。
中島 へえー・・・。小さいときから”お嫁さんになりたいわ”っていう夢は持たなかったな。ま、そこらへんにいる、家の中に、もうひとりくらいいるのも、悪くないかもしれないけれども、ウー、またうっとうしいと思ったときはどうすりゃいいのだろと思うと、メンドウになる。
勝   ラッシュ(映画などで、撮影したフィルムをつなぐこと)しちゃうわけだ、先に自分で。自分が想像しているうちに、だいたいそれをつないでみると、ああ、いつかこういう場面が出てくるなあと。
中島 取り越し苦労しちゃったりして。
勝   そういう場面が出てきたときに、そんならやめておいたほうがいい、と違う想像をしちゃう。
中島 そうですね。ならば、やめといたほうが・・・そこへいきますね。
勝   だけど”そんなら自分でやめといたほうがいい”という、ペーソスな部分を、ずいぶん歌にしているよね。
中島 そこばっかりみたい。
勝   ね、歌詞なんか見ると。
中島 逆にちょっと不安というか、不埒な不安なんですけれどもね・・・もしもハッピーエンドとかいって、ある日、突然、私が”めっけたわー”って、つかまえちゃったという雰囲気になったときに、どういう歌になるものかと、自分で不安ですよね
勝  
よくテレビで、奥さんが家出して、旦那さんが子供を連れて「母ちゃん帰ってきてくれ、この子のためにも」と言うでしょう。その子も「おかあちゃん帰ってきてぇ」なんて言うと、その奥さんが帰ってきて、こういう部屋(対談はホテル内の外藪にて)で話し合いがついて、やっとハッピーエンドになりました・・・みたいなとこで。あれはハッピーエンドじゃないもんね。普通、世界で言っているハッピーエンドは、死ぬときにしかないわけだから。
中島 安心したがる人たち、というのがやっぱりあると思うんですよね。たとえば私が録音し終わって、「レコードできたんですよ」と言うと「どういうレコードですか」って言うんですよね。「聴いてみたら?」ってこっちは言うんだけど「いや、聴くから、その前に、どういうレコードか教えてよ」と。「いやあ、どうっていっても、それは摂り方次第だからご自由に」って言うんだけど、「普通世間一般でいう種類分けがあるでしょ。そこに当てはめてもらわないと安心して聴けない」みたいな言いかたをされる。
 で、レコードを出しちゃって今度聴いたとなると「あの歌はどういう意味?」って聞くのね。「意味って別にないからご自由に」って言うと、「それじゃ私、不安だわ」という言いかたを逆にされる。そういう”安心したい””人がこう言うからいいんだろう”みたいなところに頼りたくて、こっちのを説明しろって言われるとね・・・。
勝  それがいちばん怖いところだね、いまの日本で。
中島 怖いですね、それは。
勝  評論家がそうなのね。誰がいちばん最初に書くか、ということになるわけだよ。誰かが書いたら、それをちょっと変えて言ってみたり、なまじ自分自身に体験と感覚のない人に限り、変なところをほじくり出して批判してみたりするんだけどもね。
 お芝居でも歌でもそうなんだろうけども、誰でも人間そうなんだろうけれど、「あなたのあそこの帰りかたの後ろ姿がいい」なんて一言いうと、その明くる日から、その女優さんの後ろ姿がよくなくなっちゃう。これは不思議なんだよね。
中島 確かにコンサートなんか、よかったという部分、まあ100%ということは今までいっぺんもなかったけど、「よかったね」と言われると、無意識にうちにもそれをコピーしよう、再現しよう、とするんですよね。だめなんですよね。そういうのって。
勝 そうするとだめなんだ。
中島 自己嫌悪に陥っちゃうんですよね。で、「よかった」と言われるときには猜疑心を持って、きっと嘘だと思って聞くようにしているんですけど、やっぱり聞きたいんですよね。やっぱり言ってほしいのね。
勝  うん。レコーディングやるとき、耳にこう当ててやるでしょう。
中島 ヘッドフォンですね。
勝  あれをやるととたんに自惚れるというのかな、自分でかなりの線をいっているんじゃないかなあと思って、吹き込んだのを聴くとよくないんだなあ。これ、やっぱりあったほうがいいのかしら。
中島 雰囲気づくりみたいな役目はあるでしょうね。
勝  自分の声がすぐ返ってくるやつがね、何か自分でうまくなっちゃったような気がしちゃうんだけど、そういうことってある?
中島 ありますね。それで、自分の耳に返すときに、エコーをかけて返してくれますでしょう。それをあとでもう一度プレイバックしたときに、ミキサーのほうでエコーを全部取ってテストするときがあるので、それを聴くと真っ暗な気持ちになりますものね。エコーをきかせないで自分の声を聴くのって、ものすごく辛いですね。
勝  オレはね、だからエコーを全部取ってもらったの。オレの弱点というか、欠点をちょっと見せてくれと。今までもオレ、知らないんだから。で、エコーをはずしてもらって吹きこんだわけ。そのほうが、何か安心するんだな。
中島 あ、そうですか。
勝  エコーをかけて歌うと、必要以上の色気というのかな、ほめてもらいたいみたいな気持ちが、もっと出ちゃうわけ。
中島 そうですね。おだてりゃどんどん木に登っていく、っていう感じになりますね。
勝  そうそう。下りるときは擦りむいちゃうよね、登るのはいいけれども(笑)
 ところで往々にしてね、映画でもそうだけど、お芝居の場合でも、セリフを言わないでただ黙って見てて、・・・こうやっているところを見てほしいなと思うもの。あれが撮りたいわけだよ、あの表情が。もう二度とできないんだから。台本にないんだからね。”恥ずかしながら、ちょっとこうやるんだ”てことがト書きに書いてあると、前の日に研究しちゃって、恥ずかしそうに・・・という研究をされて出てきたやつは、オレはいやなわけだよ。
 もうバレちゃうからだめだと。昨日研究しちゃたんじゃないの?もういっぺんやろう。時間をかけていいから、やりたくなるまでジーッとしてたらいい。
中島 フフーン。
勝  そうすると、さっきと違うわね、今の表情は。どっちを使っていいかって困るくらいにいいんだよね、これが。そういうのは歌にもあると思うんだよ。
中島 コンサートをやっていて、今いちばん悔しいなと思うことって、いちおう自分で書いた歌詞があり、メロディがありますよね。それをコンサートとして行ったときに、歌いかたは別にしても、その詞や曲はいちおう再現する格好になりますね。それを、その日のまんまに、すぐ歌詞にしていけたらどんなにいいだろうと思うんですけれども、そんなにポンポンできないことが、悔しいですね。
勝  ディナー・パーティなんかでやったりするときに、オレの歌なんてほとんどお客は知らないから、歌詞をいくら作っちゃってもお客は分からないわけだよ。逆に、よく知られた歌なら、歌詞間違えると困るだろう。
中島 そうですね。客席がみんなとまどうんですね。できればその日に歌う曲は全部変えてみたいとか思うんですけど、1ヵ所間違っても”あっ 間違ったよ。違うんじゃない?”って、小突きあって、ヒソヒソいって、とまどっちゃうんですよね。
勝  そうそう。だから日本人には、とっても困るとこがあるんだね。
中島 そう。頭の中では、次の歌詞が、ここ(喉もと)へきてるんだけど、違うなと思っているときってあるんですよね。”絶対に今はこの言葉じゃない”と思うんだけど”やっぱりこの言葉を使わないとおかしいかな”って、自分でふっと考える、っていうことがイヤでね。
勝  歌は変えられない。芝居は初日からセリフを変えられるんだけどね。やっぱり足し算よりは引き算をしてるほうがいい。掛け算なら別だけども。
 ところが、映画でもそうなんだけれども、高いギャラの人が出てくると、なんでもよけいその人を映せばいいと思っちゃうんだよ。日本人は貧乏だから起用なのか、器用だから貧乏なのか知らないけれど・・・。その人が非常に希少価値のある人だったら、ずーっと下を向いてしゃべってたっていいんだよ。そこに音が出てきてるんだから。その人の毛穴から出てくる雰囲気は画面に映るわけだから。
 ところで、自分が新曲を作ったとき、その対象はやはり自分自身?過去の自分の記録を、音の範囲を超越するようなものにチャレンジしていくわけ?
中島 そうですね。自分でいいと思うかどうかっていうこどだけですね。それを結果として人にほめてもらいたいけれど、自分でいいなと思わないのは、人に聴かせたくないし。自分で書き上げたときに、最後のところの終わりのマークを書いたときに、「やったね」と思えたら最高のはずなんですけど、ガッカリするのね。こんなはずじゃなかったといつも思うんですよね。
 なんでああなっちゃうんだろう。書いてる途中では”これは名作だ”とか思ってんですけどね。ハハハ・・・。なんであそこでガッカリするんだろうな。
勝  でも、それがあなたにあたえられた財産なんじゃないの?
中島 はあ、そんなもんなんでしょうかねぇ。
勝  ところで、男に追いかけられるのって好きかい?
中島 こっちが思っている人に思ってもらうのはありがたいんだけど、こっちが思ってない人に思われるのはメンドウなのね。お返ししなきゃいけないかしらと思ってしまったりするから。
勝  それはエンターテイメントじゃないんだよな。エンターテイメントっていうのは、やりっ放しがいいんだから。お返しがほしいためにサービスすることはないんだから。
 そうすると、たとえば、私には夢中にならないでよ、私のことは追いかけないでよ、ってそれを言わないの?
中島 とっても邪険にしちゃうかな。
勝  終わったら?終わったらって・・・(笑)。
中島 もっと前ですね。あ、メンドウ、放っといて、・・・というところで、やけに邪険みたい、私。
勝  そしたら、永久にアベ・マリアになっちゃうじゃない。
中島 困りましたね。
勝  邪険にされても、されても、相手は強引に強姦でもするような・・・。
中島 ンハハハ・・・、そういうのはちょっと、いただけませんね。
勝  男が追っかけてきたら?
中島 ちょっとお帰り願いたいっていう感じがありますね。
勝  そういう関係になったあとでも?あれは私の間違いでした、と。
中島 間違いでした、あんときはちょっと酔ってたもんで、とか・・・。いやいや、これ女がいうセリフでしょうか(笑)

【目次】へ


中島みゆき ロングインタビュー 新譜ジャーナル 1984年12月号
                  
取材・文/三橋一夫
―リード―

 以前ボブ・ディランのアルバムを発売順に並べて眺めてみたことがある。ほとんど顔写真か自画像である。それを一堂に集めて眺めると、彼の表情の変化を一望のもとに見渡せて飽きなかった。中島みゆきのアルバムを発売順に並べてみる。私の声が聞こえますか→みんな去ってしまった→あ・り・が・と・う→愛していると云ってくれ→親愛なる者へ→おかえりなさい→生きていてもいいですか→臨月→寒水魚→予感。そして今回は『はじめまして』だった。
 春に出したシングルの「ひとり」を含める今回のアルバムは、前回の『予感』から一年半ぶりである。

▼歌わずにはいられないから・・・

アルバムを待っているほうから言うと、一年半はずいぶん長く感じられるけれど。

時間、足んなかったですね。やっぱり終わりの方は、突貫作業になりました。言ってみれば歌わずにいられないから、今それを歌ったという・・・それ以外のことは判らないですね。ハッキリ言って、私は、作詞作曲の能力って、アマリないのね、あまりないから・・・」
―と、本人は言ってますけど。
「自然発生待ちみたいなものだから、次のLPまでに果たして12曲なら12曲できるかというと、保証はないし、いつ出るか、判らないけれど、常にとりかかっていなくちゃ間に合わないでね。それで、書きためた曲で、ある程の方向性みたいなものが出てきたなと思ったら、その時に出すという・・・そのうちに、、なんてノンビリもしていられない。急がなきゃという意識をどこかに持つという感じかスゴイ、ハハハハハ(笑)。」
時間に間に合わせるのがプロなんだって。
「そうねえ、時間を気にしないで、自分のペースだけでやっていたら、それは究極の芸術家かも知れないけれど、もしかしたら一生何もまとまらないかも知れない。」

ー(ジャケット写真を見て)アー?
「やってみましょか、今。ハハハハハ(笑)。」
ーチャンと爪先で立っている。
「瞬間だけですよ。場所は、さりげない山の中で、ヤブッ蚊がたくさんいて。」
―中島みゆきという人はスランプに陥ることがあるんですか。
「万年スランプですね」
―万年スランプ?
「最も精神的に機嫌がよろしくない時というと、今なんですよね。」
―どういうこと?
「レコードを作るサイクルで言えば、今が一番ね。もうプレスにかかっていますよね。そのプレスにかかっちゃっている間というのは、今さらああすりゃよかったと思っても、もう間に合わないでしょ。そう思っているときに出来上がったのを見るのは、けっこう不愉快なものですね。」
―ぼくら、文章を書く人間でも、あるよ。最悪の場合は、オネショした後を見せられているような、イヤーな気分(笑)でも、ステージでは、けっこう前に作った歌でも歌うじゃない?
「もう、そん時の気持で。まあ、言い訳がましくなるんだけれども、コンサートの練習なんかしてて、なあんで自分の書いた歌、何べんも聞いているだろうに覚えてないのって言われるんだけれども(笑)で、コンサートというと人の歌、歌うわけにはいかんから、改めて取り出すわけですよね。突然、こりゃギター覚えなきゃいけないかな、とか、そういう気分で。」
―聞く方はフレッシュであるわけで。
「歌う方もフレッシュですよ(笑)熱狂的なファンの方の中には、コンサートでレコード通りであることを望む、もしくは普段の態度にしても服装なんかにしても、中島みゆきとして出したそのままであってほしい、天岩戸にシマッテオキタイッ!というのがあるけど、お応えできないな、それには。」
―自分が前に作った歌を歌いなおしてみた。その時にそこから新しい発見をするということはないの?
「あ、いい歌だなと思うときもあるし、もう忘れちゃってますからね。気にとめてないから。『あ、なかなか新鮮なメロディ・ラインだ。次にこれ使おう』(笑)困ったモンだ。(笑)」

▼呼吸法変えても胸はふくらみません(笑)

 
女性歌手には、コンサートで途中何度もコスチュームを帰る人が多い。中島みゆきのアルバムでは、一曲ごとに声の衣装が変る。「春までなんぼ」の出だしは、童女ふうだ。わざと稚拙に歌うかのようだ。だが、間奏のギターがうなる頃になると、彼女の声はだんだんと太くなる。そして、「私の身体であとまだいくつ/春までなんぼ」という恐ろしい歌詞で終る。
 実は取材テープを起こしていて気がついたのだが、彼女の喋りを文字にすると、何か実際と違う。声を大きくしているところ、トーンを落としているところ、早口に喋るところ、ゆっくりと一言づつ噛み締めて語るところ、そしてなまりの微妙なニュアンス。そういったものが文字では写せないからだった。音量とトーンの変化がすこぶるおもしろいのだ。
みゆきが一曲ごとに声を変えて歌うようになったのは、いつ頃からか。今回のアルバムに始まったことではないが、このアルバムのもう一つの注目点は、それぞれの曲のエンディングが凝っていることと同時に、これまでの彼女の声の変化のサンプルのように、さまざまな歌唱が収められていることだろう。

―曲を作る最初から、こういうボーカルで行こうということを考えるの?
「歌い方というのは、結果としてひっぱられてそうなったということで」
―曲にマッチした歌い方になっているんだけどね。
「もしかすると、まだマッチしていないのかも知れない。この曲にはこういう歌い方の方が良かったんじゃないかということが、それぞれあるのかも知れない。この歌をこう歌ってやろうという余裕はなかったですね。声出してみてアワネエ、これじゃウタエネエ、じゃあ合う声どこなんだ、どこなんだと、ここかな、というのが結果としてこんな声になっちゃった。」
―あなたのボーカルは、いつの頃からか変ってきているけれども、どこかの時点で意識したのかな。
「とくにレッスンしたわけでもないけど、喉が丈夫になったというのはありますね。」
―たくさん歌ったから?
「音域か昔より拡がっているし。一つは昔はブレスの仕方が分からなかったんですよね。いわゆる腹式呼吸がどうのこうのといわれるけれど、肺がおなかの中にあるわけじゃなし・・・(笑)全然わからなかった。文字から一生懸命考えたわけですよ。『イヤー、胃腸が息するのかなぁ』(笑)割と最近ですね、なんだ横隔膜のことかと・・・。そうならそうと最初から言やぁいいのに(笑)チャンと息が出来れば、声も楽に出せるんですよね。私、昔から気管支が弱くて、走ると気管がキューッと締まって息が出来なくなるんです。エピィキュラス(注:彼女が所属するヤマハのホール・スタジオ、渋谷にある)は高い所にあるでしょ。一番最初のポプコンのリハーサルのときに、ギター・ケース持って上がって、途中でくたばった(笑)くたばったのを、気を取り直し、脂汗拭って坂を上がって、自動ドアを踏んだら、まだ先に階段があったんですよねェ(笑)なんて嫌な会社だろと・・・(笑)前途多難が絵になったみたいで(笑)それが呼吸法が変ってから楽に登れるようになりましたね。しかし、豊胸体操にはなりませんね。呼吸法変えても胸はふくらみません。経験から言って(笑)」

 
取材をしたのは、ちょうどコンサートのリハーサル中の夜だった。今回のコンサートは「中島みゆきコンサート’84月光の宴(エン)」10月9,10,18、東京・渋谷公会堂、24・25日と11月月14・15日、大阪フェスティバル・ホール、11月21・22日、東京・新宿厚生年金会館。今までのツアーでは、東京はやっても一回で、今のように東京と大阪を重点的に歌うのは初めてだ。この二大都市以外の地方へは、来年の春から回る。

▼お金持っている人は聞きたくない歌なんでしょうかね(笑)

―お客の雰囲気は、地方によってかなり違う?
「単純に言えば、人口を形成している職業なり学生なりによる地域差というのは、こまめにありますけど、理由の判る違いがね。かと思うと、何か判んないけど、どんよりとした所もありますよね。」
―今でもしっかりラーメン屋探すわけ?
「最近は、ですね。カップメンをいただけるんですよ。大分前にラジオでね、コンサートのときにいろいろ貰うだろうけれど、何を貰うと一番嬉しいですか、高いものでいいもの
いっぱいあるだろうけども、私たちのあげるものでは何が一番嬉しいですかというから、私はカップメンが一番いいと言ったら、思った以上にドーッと。歌っている途中でも飛んできますからね。花束とか縫いぐるみなら、いくらでも投げれれるけど、カップメンがドーンと・・・」
―お湯をかけられる少女・・・
「ハッハッハッハッハ・・・(笑)うちの楽屋なんかすごいんですよ。もうスタッフが喜んじゃってね。いくらなんでも私は全部食べ切れないから、みんなであけてお湯を入れているのを一応見渡して、その中で一番おいしそうなのを『オウ、これイタダキ』と。あと、地元でなきゃ無いラーメンとか。だから、ラーメンのにおいが立ちこめちゃって。スタッフが今度注文をつけてくるんですよ、『こんどはラジオで焼きそばがほしいと言え』とか。カップメンならば、生もの貰うよりも持って歩けるしね。ものによっちゃあ、よかれと思って持ってきてくれても、そこから直ぐ次の場所に行かなきゃならなくて、持て余すことあるんですよね。潰れちゃうし、カップメンだったら余っても、持って帰ってうちに積んでおいたっていいし。ハハハハ(笑)」
―昔は一升瓶をデンと持ってくる人、いなかった?
「ありましたね。最近はあまりお酒は来ない。私があまり量は飲まないと言っているのが徹底したんでしょうかね。」
―ラジオの効力って大きいね。
「そうですね。・・・ダイアモンドが来たことありましたけどね。」
―エッ?
「ホンモノ。贈り主が判らなくて。」
―鑑定書はついていたの?
「ついてるんですよ。返すのに一苦労しましたもの。」
―結局、返したの?
「鑑定書を手掛かりに返してもらったんですけどね。ああいう高価なものは、気持の負担になるんですよ。もしも借金でもして買ってくれたんだとすると、これはエライことだし、住所名前書いてないし、自分で買ったのならまだいいとして、もし、親にだまってだったら、ねえ。やたら大きな粒が来ちゃったんですよ。これは受け取れないというので、宝石店の方に返しましたけれどね。安いものだったら、どんなものだっていいんですけどね。高いのはちょっとイタダケナーイ、気持は嬉しいけどもね。負担になっちゃうからね」
―いろんな人のコンサート見ていると、プレゼントでお客の層が判る。
「ユーミンなんか、すごいもの貰ってますものね。ハハハハハ。うちのコンサートなんて、駐車場から違う。」
―ホント?
「ええ、駐車場に並ぶ車を見ると、だいたい判る。かつて京都でコンサートやったときに、京都会館だったか、その会場が設立されて以来初めて、自転車で駐車場が一杯になった。少なくともベンツが並んだということはないですねぇ。だいたい、駐車場が空いていますものね。帰りはバスにはちきれんばかりになって。」
―きわめて庶民的。
「同なんでしょうねぇ。お金持っている人は聞きたくない歌なんでしょうかね(笑)」

▼そして”明日”が始まる・・・

「僕たちの将来」は、鋭い針を突きつける。それは歌詞カードでは、わからない。宿で抱き合った後に、24時間レストランでスパゲッティを食べながら交わされる、男女の対話だ。ワン・コーラスは「僕たちの将来は良くなってゆく筈だね」というフレーズで終る。そこのメロディは何か不安定だが、二番も同じ言葉で終る。が、最後に、みゆきは「僕たちの将来は」で切って、後を歌わない。ふたたび「僕たちの将来は」と歌うが、「良くなって・・・」を歌わない。そして、三度、彼女の「僕たちの将来は・・・」が繰り返される。今度は、言葉が続く。だが、出てきた言葉は、それまでとはガラリと変った、「良くなってゆくだろうか」だった。こういう表現は、目で読む詩ではなく、歌う詩だからできる。「僕たちの将来」の意味は、このエンディングによって、大きくはばたくのである。

―占いは気にしない人ですか。
「都合のいいところで、うまく。都合の悪いときは『当たりゃしないよ、こんなもの』」
―極めて庶民的な解釈。
「ハハハハハ。いいこと書いてあると『当たるかもね』。都合の悪いことが書いてあると、『人間、十二通りで片付くものか』。都合のいいときは『やっぱり魚座ですから』。あれはもしも正確に調べるならば当たるかもしれないですけれどね。当たるという、個人のところまでやるとすると、それはパターンじゃなくて、一億人いたら一億通りなっきゃならない。そこまで正確にやるのはすごい根気と精神力が・・・」
―ノストロダムスの大予言なんかは?
「自分たちが今やっている生活なり行いなり(この辺りはゆっくり喋る)行動の結果、1999年頃にこうなるであろう、ということの対して自分が今どう対処するなり何をしてるかっていうことは、興味はある。自分が何をやっているかということはすっとばして何かしらん突然当たったみたいなのは、ホットケという気がします。」
―1999年でなくても、十年先、二十年先というところで自分が何をやっているか、想像することは?
「お先まっくら。ある日、突然パッと目覚めるということもなさそだし・・・歌はやってるかどうか分かりませんけどね。私は歌のために生まれてきたのだと、ドラマティックに感動してやってるわけじゃないから、その辺はあまり分からないけれど、もしかするとそれは歌かもしれないし、もしかするとそれは柔道かも知れないし(笑)。」
―柔道だったら俄然人気を呼んだりして・・・(笑)

「僕たちの将来」で深い懐疑が投げつけられた。言葉は懐疑的だが、「ひとり」から聞き続けてくると、実は絶望といったほうが近い。だが、「僕たちの将来」にすぐ続く最後の「はじめまして」のみゆきのボーカルは、なんと挑戦的だろう。内に籠もっていた所から発していた曲が、この曲では外に向かう。ある意味では、吉田拓郎のようである。「シカタナイシカタナイそんなことばを/覚えるために生まれてきたの・・・」これは中嶋みゆきのプロテスト・ソングでもあろう。この曲で終わるアルバム『はじめまして』は、みゆきのこれまでのアルバムで「時代」などの曲に見えていたメッセージ的なものと、「アザミ嬢のララバイ」をはじめ多くの曲に流れていた形象とが、一つに融合されたアルバムだと思う。ここから、ぼくらも「明日」とつきあいたい。

【目次】へ

五番目の季節へ踏み出す人へ 新譜ジャーナル 1986年5月号
                   
取材・文/前田祥丈

ーリードー
中嶋みゆきは、国技館のコンサート”「歌暦」Page’85”の4日間を、
春、夏、秋、冬と位置づけていた。
でも、それはけして完結ではなかった。
今、彼女の意志は、四季のサイクルを越えて、
新しい季節にたどりつこうとしている。
だから、
全国30ヶ所のコンサート・ツアーを、春のツアーと呼びたくはない。
目の前にあるのは”五番目の季節”なのだから。


(しばらくお待ちください)

見返り美人、女歌、そして恋歌 新譜ジャーナル 1986年11月号

(しばらくお待ちください)

村松友視の人物ライブスポット 中島みゆき 
週刊朝日 1986年11月14日号

(しばらくお待ちください)

『中島みゆき』の”出産”を語る FM fan 1988年3月21日号

(しばらくお待ちください)

マリコのここまで聞いていいのかな 週刊朝日 2003年11月28日号

(しばらくお待ちください)

雑誌に掲載された中島みゆきのインタビュー記事をいくつかご紹介します。
これらは『中島みゆき大研究』(全日本みゆき族 編 1987年12月24日発行 青弓社)の巻末に掲載された参考文献に基づき、約20年前に図書館めぐりをしてコピーしたものです。
中島みゆきはホントのことを余り喋らない人です。対談は特にそうで、サービス精神旺盛に対話を楽しんでいる節が見受けられます。