松山千春
松山千春は1955年12月16日に北海道足寄町に生まれました。

1975年に「全国フォーク音楽祭」の北海道大会に出場するも落選。 しかしSTVラジオの竹田健二ディレクターに見出され、1976年に同局の「サンデージャンボスペシャル」内の15分コーナー『千春のひとりうた』でメディアデビューしました。。 続いて翌1977年1月25日、「旅立ち」でレコードデビューを果たしますが、同年8月27日、二人三脚で歩んできた竹田が急性心不全のため36歳で急逝し、一時失意に陥ります。

現在までに、シングルを76枚(!)リリースしています。主なヒット曲としては、「旅立ち」(オリコン74位)「時のいたずら」(オリコン29位)「青春」(オリコン26位)「季節の中で」(オリコン1位)「長い夜」(オリコン1位)などがあります。

松山千春の代表曲といえば「大空と台地の中で」「銀の雨」ですが、ともにシングルカットしておらず、ファーストアルバムに収録されています。

アルバムは現在までに39枚リリースしています。ファーストアルバム『君のために作った歌』(1977年6月26日発売)はオリコン8位を獲得しています。サードアルバム『歩き続ける時』(1978年10月21日発売)はちょうど「季節の中で」が大ヒットしていたときに発売されたせいもあってオリコン1位を獲得しています。

中島みゆきとは同時期にニューミュージックの一時代を築いています。ともに北海道出身ということで、かつては両者の比較を、雑誌、ラジオ等がよく企画していました。その二人の関係を詮索する記事もありましたが、単なる友達関係で、松山千春が、中島みゆきがパーソナリティを務める『オールナイトニッポン』に遊びに来たとき、2人の昔話をしたなかで、みゆきが風邪で寝込んでいたとき、松山が彼女の自宅を見舞って、みゆきの母親と会って話をしてと語っていました。これについてみゆきは特に否定せず、「そんなこともあったね」と語っています。