中島みゆきのオールナイト・ニッポン
中島みゆきは松山千春の後を受けて、1979年4月2日より1987年3月31日(火曜日、大安吉日)の間、月曜深夜(正確には火曜午前1時から3時まで)オールナイト・ニッポンのDJを8年間務めました。

私はその前半期は脳性マヒ者の自立と解放を目指すグループ「青い芝の会」の支援に忙殺されており、1982年4月には結婚して仕事と家事に埋没して中島みゆきのオールナイト・ニッポンは全く聴いていません。その放送内容を抜粋した『LOVE』を読んで聞き逃したことを痛く後悔していました。ただ、2003年から2004年にかけて午前10時から10分間放送された「ほのぼのしちゃうのね」はよく聴いており、中島みゆき独特の喋り口調を堪能しました。

ところが先日、このサイトを訪れてくださった近所の先輩が録音していた中島みゆきのオールナイト・ニッポンの放送を数本ダビングしてくださいました。その中には最終回も含まれています。カセットデッキに装着してプレイボタンを押すと37年間の(2015年現在)時を隔てて中島みゆきのオールナイト・ニッポンが蘇ります。紙面でしか味わえなかったリスナーの投稿が中島みゆきの声で流れると、まるで別のものに感じられ感動します。

中島みゆきのオールナイトニッポンで誰もが口にするのが、まるで鉄砲玉のように連射される言の葉です。そしてその合間に「がはははは」と妙齢の女性におおよそそぐわない笑い声が混じります。しかしこれには理由があって、中島みゆきはインタビューの中で「だって5秒の空白時間で始末書でしょ。もう焦りまくっちゃってまさしく脅迫観念ですね」と述べています。

確かに札幌の友人からいただいたデビュー前のライブを録音したMDでは、の~びりとしたMCをしています。コンサートでもゆったりとした口調でした。(初めてのライヴではたしかMCはなかった記憶があります)

人の話すテンポはそうそう変えられるものではありません。本来、北海道人らしくのんびり喋る中島みゆきがオールナイトニッポンで豹変するのには理由があるわけです。「始末書を書くのはディレクターだから知ったこっちゃないわ」なんておおよそ中島みゆきには似つかわしくありません。リスナーへの優しさがディレクターへも注がれています。

中島みゆきのオールナイトニッポンの主役はリスナーからの葉書です。「定刻の逆襲(スターウォーズの「帝国の逆襲」のもじり)」、「めんねの日記(ごめんねと言えなかったこと)」「ひとり上手」などの名物コーナーで紹介される投稿は深夜だからこそ打ち明けられる本音です。

オフィシャルサイトで掘り起しが進行中ですので、私のように聞き逃した方は是非ご覧になってください。さらに『LOVE』は写真入で充実した中島みゆきのオールナイトニッポンの掘り起こし本ですのでお読みになられることをお奨めします。ただ手に入れようとすると、1987年刊行なので古本屋にしかありません。amazonで探すと540円から1890円までありますが、540円に対して配送料が340円かかります。近くの図書館で探すのが一番手っ取り早いでしょう。

神の子池
「北海道無料写真素材 DOPHOTO」より