中島みゆきの初期を象徴するのは「ふられ節」ですが、最初に現れるのは「母性愛」です。
ファースト・シングル『アザミ嬢のララバイ』やファースト・アルバム第1曲目の『あぶな坂』にそれは代表されます。
「母性愛」が顕著に表現されている部分をピックアップしてみます。
『アザミ嬢のララバイ』
ララバイ ひとりで 眠れない夜は
ララバイ あたしを たずねておいで
ララバイ ひとりで 泣いてちゃみじめよ
ララバイ 今夜は どこからかけてるの
『あぶな坂』
今日も だれか 哀れな男が
坂を ころげ落ちる
あたしは すぐ 迎えにでかける
花束を抱いて
おまえがこんなやさしくすると
いつまでたっても 帰れない
これらの歌は中島みゆきが23歳の時に作られたものです。私は男なので女性の心理は全くわかりません。23歳にしてこうした歌詞が書けるというのは将来母になることを運命づけられた女性ならではなのでしょう。
それと同時に中島みゆきがデビュー前に産婦人科医の父親の仕事を手伝っていたことも大きい影響を与えていると思います。
もっとも「母性愛」が前面に出てくる曲はこの2曲だけで、以降「恋歌」を交えながら「ふられ節」にシフトしてゆきます。
しかしよく考えてみれば、「恋歌」と「ふられ節」とは表裏の関係にあると言えます。共に男の愛を求める歌であり、前者が成就しているのに対し後者は叶えられないだけです。
世間において恋愛のいわば「勝ち組」と「負け組」を比べれば、圧倒的に後者が多いでしょう。中島みゆきが「ふられ節」を沢山作ったのにはこうした事情を考えてのことだと思います。
そして「ふられ節」を象徴する『わかれうた』が多くのリスナーの支持を得て、中島みゆきは一躍トップアーティストの仲間入りをするわけです。
しかし中島みゆきはいつまでも「ふられ節」にこだわってはいません。『わかれうた』が収録されている4枚目のアルバム『愛していると云ってくれ』の次のアルバムタイトルは『親愛なる者へ』と「親愛」へとステップアップしています。
このアルバムを象徴しているのが第1曲目の『裸足で走れ』とラスト曲の『断崖-親愛なる者へ-』です。
『裸足で走れ』の歌詞は難解ですが、そこにはリスナーに対して厳しい愛のこもったメッセージが込められています。『断崖-親愛なる者へ-』も同様ですが前者に比べアップテンポの明るい歌に仕上げられています。
以後さまざまなテーマの曲を作り、1980年代オリコン第1位に輝いた『悪女』が収録された名アルバム『寒水魚』を発表します。
このアルバムには『鳥になって』『捨てるほどの愛でいいから』『BGM』と以前の「ふられ節」の延長線上にありながら数段深化された歌が収録されています。
特に『捨てるほどの愛でいいから』では切なすぎるほどまでの男の愛を求める女心が歌われています。
夢でもいいから 嘘でもいいから
どうぞふりむいて どうぞ気がついて
あの人におくる愛に比べたら
ほんの捨てるほどの愛でいいから
11番目のアルバム『はじめまして』から『中島みゆき』までの「御乱心の時代」は歌詞より寧ろサウンドに重点が置かれています。
そして、私が「中島みゆきの初期」の終点と位置づける16番目のアルバム『グッバイガール』では究極の愛の形が歌われています。それは『MEGAMI』です。
おいでよ
MEGAMI 受け入れる性
MEGAMI 暖める性
己のための 愛を持たない
おいでよ
MEGAMI 受け入れる性
MEGAMI 暖める性
みかえり無用の 笑みをあげよう
ここにはキリスト教の愛のひとつであるアガペーが歌われています。アガペーとは、「無条件の愛、万人に平等な愛、神が私達に与える愛、見返りを求めない愛」とフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にあります。
ここで思い起こせば、中島みゆきの母校である藤女子大学はキリスト教的世界観に基づく教育を行う大学です。それなのにデビュー13年にして初めてキリスト教が教える愛、つまり大学で習ったであろう愛を歌うのは不思議な気もします。
私事になりますが、私が大学生のとき所属していた新聞部の部長から言われた言葉を思い出します。それは「全てを疑ってかかれ」というものでした。読んだ本や他人の意見をそのまま鵜呑みにしては、それは本当の意味での自分の考えではなく謂わばオウムにしかすぎません。疑い、突き崩して受け入れることができなければ捨てればいいし、その通りだと納得すれば身に付ければいいことです。その時身に付けた考えは鵜呑みにしたのとは全く違う自分の考えになるわけです。
中島みゆきも大学で習うキリスト教の愛に「うさんくささ」を感じていたのでしょう。しかし、母性愛から始まり恋愛、親愛と考えが深まってゆく中でやっとキリスト教の教える愛を受け入れることができたのだと考えます。
これは中期になるので深入りはしませんが、中島みゆきは『たかが愛』という曲を発表しています。その歌詞には「捨ててしまえない たかが愛」とあります。
このように中島みゆきの歌詞における「愛」の形は深化しています。